神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

小説風「神楽坂のキャピタリスト」(11) 3rd Place

macky-jun2009-10-01

   ここは日本橋のとある喫茶店である。かつて、男が良く利用した店である。久しぶりに訪れた店は改装され、喫煙者専用の座席がガラスの壁で隔離されていた。日本橋通りに面した広いガラス窓の店内は明るかった。夏の強い陽射しが、秋の柔らかな陽光に変わっていた。男のいつも座る座席は奥の壁際の席と決まっていた。そこだけは改装後も変わらず在ったのが嬉しかった。そこは男のいわば3rd Placeであり、一番落ち着くことのできる席だった。
 オフィスで煮詰まると、男はよくそこで考え事をするのだった。仕事のアイディアも、次から次へ出てくる、創造的な空間だった。男にとってはまさに隠れ家のような場所であり、これまで誰とも連れ立ってきたことがなかった。いつも一人だった。自分の秘密の場所にしておきたかった。
 男はプロとしてはどこで仕事をしようと同じであろうと考えていた。一日という限られた時間を、有意義な出会いと、大事な思考の時間で埋めたかった。極端に言ってしまえば、オフィスはPCと電話と机を貸してもらっている場に過ぎない。更に言えば、投資資金と投資判断に当たっての相談相手である審査会メンバーを供与してもらっている。それを如何に有効に使い、パーフォーマンスを挙げていくかは、個人のキャピタリストに任されている。VC会社に所属しながらも、個人事業者の集まりである、サラリーマンであって、サラリーマンでない、不思議な立場である。
 この日、男は既往の投資先からの回収交渉に行ってきた。いわば、後ろ向きな仕事ではある。しかし、VCの投資はIPOをする先よりも、圧倒的に回収対象となる先の方が多いので、こうした後ろ向きな仕事も大事な職務ではある。但し、力が湧くかと言えば、そうではないのが残念である。