神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

「もののたはむれ」を読んで 

macky-jun2012-01-13

 松浦寿輝の処女作である「もののたはむれ」(文春文庫)を読んでみた。彼の作品を読んだのは初めてのことだった。東京大学文学部の教授で評論家・詩人でもある芥川賞作家という珍しい経歴、その小説の内容が「なにげない日常の延長線上に広がる、この世ならざる世界。そこへ迷い込んでしまった人々の途惑いと陶酔の物語は、夢とも現(うつつ)ともつかぬまに展開していく。」というキャッチコピーに魅かれ、私も作者の不思議ワールドに迷い込んだのだった。
 作品はどれも10ページ強の短編で、14の話から成り立っている。それぞれの話に繋がりはないが、此岸と彼岸の境があいまいな世界、時間というものの存在の不思議、今ここに自分がいることの不確かさを問いかけた作品で構成されている。テレビドラマシリーズの「世にも不思議な物語」を文学的に上質に描いたような雰囲気といったらわかりやすいであろう。
 松浦氏の小説は、句読点の少ない、長い独特の文章が特徴であるが、大江健三郎の小説のような読みにくさはない。知的に洗練された文章だからだろうかと感心した。
 作品の主人公は40から60代の少し人生にくたびれた中年男性が多いが、唯一「一つ二つ」では若い女性が主人公だ。舞台は東京都内が多く、電車や路面電車に乗り、知らない街を歩き、不思議な空間に紛れ込んで、現実なのか夢の世界なのか、自分の記憶を疑う、もしくはその自分というものの存在さえ疑うような話が多い。
 最近、私は記憶力がとみに衰えているのを感じざるをえないが、昔の記憶と最近の記憶が怪しくなることがある。ときに自分の存在さえ、哲学的に考えるようになった、いまの自分にとってはぴったりな、すっと入り込んでくるような本だった。個人的には「胡蝶骨」「並木」「雨蕭蕭」「アノマロカリス」「千日手」が好きだ。どれも東京の中でも鄙びた街が舞台となっているのが共通点だ。自分も散歩をしつつ、主人公と一緒に知らない路地裏の異次元空間に入り込んでいく、妖しい体験ができるはずだ。