神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

白球を追って(5)-課内クラブ創部

macky-jun2011-02-18

  1年生ももうじき終わらんとする3学期のある日だった。純一は藤谷先生に声をかけられた。「純、クラブを創ってみないか?」 来年度から課内クラブという制度が導入され、それに乗じて男子ソフトボール部を立ち上げるという構想である。グラウンドが狭いので、野球は駄目でもソフトボールならいいだろうとのことだった。
 課内クラブというのは文字通り、授業時間内にやるクラブ活動のことで、課外クラブに参加していない生徒を全て吸収し、全員に何らかの部活動をやらせようとの目的で創られたようだ。草野球チームだったリージャースが母体となり、正式に課内クラブの男子ソフトボール部になった。勿論、我々はこれ幸いと時間外にも活動を開始した。女子ソフトボール部の練習時間を一緒に使わせて貰い、時に練習相手になりながら、週3〜4日、日曜日は二子玉川グラウンドを使いながら練習をした。
 この時の思い出で痛快だったのは、クラブ予算会議というのがあり、ソフトボールというのは道具がいっぱいあるので、理由をこじつけ全クラブで最高額の予算を獲得できたことだ。新参者のクラブがいきなりトップの予算を取り、他のクラブはさぞや面食らったことだろう。
 藤谷先生は気を使ってくれ、男女のソフトボールチームのある学校に練習試合に連れて行ってくれた。また、母校で2つの学校を招き、練習試合を複数組んだりすることまでしてくれた。昔のクラブ顧問の先生はつくづく熱心だったと感心してしまう。いや、藤谷先生が格別熱心だったのだと思う。
 練習試合の遠征に行くのは、純一にとってもう一つ楽しみがしっかりとあった。女子ソフト先輩のリンダさんと話ができることであった。ミッコさん、リンダさん始め、先輩たちは我々に対してとてもサポーティブだった。クラブがうまく立ち上がるように応援をしてくれた。
 実は、同期のワタナベ君(「ノルウェイの森」か?)もリンダさんに気があるようだった。ワタナベ君に負けまいと、純一はリンダさんのエイトフィギュア投法を教えて貰いに近づいた。彼女と同じマンションに住むオサムくんの家に遊びに行くフリをして、近づいたこともあった(現代からいえば完全にストーカー行為だ。やばいぜ、純一!)。だけど、リンダさんも満更ではない様子で、楽しそうに笑いながら、キャッチボールに付き合ってくれた。どうだい、ワタナベ君、僕の勝ちだね(「ニ十世紀少年」風に)!
 結局、我々は二人ともリンダさんからは相手にされていなかったようだ。彼女から見ればガキに見えたのだろう。そう、制服のことで悔しいことがある。男子は1年上の先輩の代まで詰襟だったのだが、我々の代からブレザーに替わってしまったのだ。ブレザーはどうしてもガキっぽく見えるし、詰襟の先輩には敵わない。まあ、詰襟だったとしても二人ともリンダさんの心を捕らえるのは無理だっただろうけどね〜。