神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

 龍馬が死んでしまったがぜよ

macky-jun2010-11-28

 今日、「龍馬伝」が最終回であった。歴史上の史実として既に知っていたものの、あの龍馬が遂にあっけなくも死んでしまった。暗殺されてしまうのは常にあっけないものだったし、幕末動乱の時代ではいつ死ぬかもしれない世の中だった。
 龍馬が死んでいなかったら、明治の時代でどんな活躍が出来たことだろうか。士農工商や上士下士という身分制度もない時代が来ることを予見し、外国諸国と対等につきあえる世界を見通していた。とっても先見性のあった変化の時代のリーダーだった。だから、生きていればどれだけ活躍したのかと想ってしまう。それ故にこれまでの時代が居心地がよかった守旧派からは疎まれ、恨まれ、敵も多かった。
 だから、龍馬は殺害されてしまった。薩長同盟の架け橋となり、大政奉還のきっかけを作った。数百年続いた武士の世の中に終止符を打ち、新しい明治という近代のきっかけとなる時代を作ったことになる立役者の一人であろう。だけど、それが龍馬の役割であり、それを成就したが故に、龍馬の短い人生は終わったのかもしれない。
 尤もこの「龍馬伝」を観ていると、歴史の重要な流れを悉く龍馬が作ってきたような印象を受けるが、あくまでもドラマと考えた方がよかろう。それは、全ての大河ドラマ歴史小説が多かれ少なかれそうなっていると言えよう。「篤姫」然りであった。坂本龍馬明治維新の元勲(西郷、大久保、木戸)と並んで、そんなに有名ではなかったが、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で一気に広まったようだ。
 それでは龍馬暗殺の下手人はいったい誰だったのか?「龍馬伝」では佐々木只三郎率いる見廻り組の今井信郎ということになっている。見廻り組は幕臣旗本子弟のエリート集団で、最後の武士を悲哀をもって演じている。他にも、新撰組の齋藤一説がある。浅田次郎週刊文春で連載している「一刀斎夢録」に書かれているが、齋藤一は明治時代の後年まで生きていた。「壬生義士伝」にも準主役として登場する。他にも、薩摩藩説とか、紀州藩説、はたまた出身の土佐藩説まであるが、本当のところは判っていない。歴史上のミステリーだ。 
 続けて観た「坂の上の雲」第2部も、負けず劣らずとてもよかった。こちらは明治30年代が舞台で、日英同盟締結(1902)、日露戦争(1905)に続く。坂本龍馬の時代にも登場する伊藤博文が元老として出てくるが、この時代、仮に龍馬が生きていたらどんな役回りを果たしていたか。いや、待て、歴史にifはない。龍馬は幕末の志士として時代に歴史に名を刻む役割を果たしたのだ。だから、非業の最期を遂げたが故に、龍馬はより輝いて人々に語り継がれてきたのだろう。