神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

 "酔う" とは何か

macky-jun2009-12-17

  時計はもう翌日を回ってしまった。通常木曜日はジムの日と決まっており、帰りも遅いのでブログは書かないと決めている。何故か、家族も皆、寝てしまった時間に、一人リビングで、芋焼酎の一刻者を飲み、久々に友人から還ってきたビートルズのカバーCD(*)を聴きながら、PCに向かっている。
 今日、読み始めた、無敗の雀鬼桜井章一」の本に面白いことが書いてあった。「酒を飲んですぐに酔ってしまう人がいる。酒が好きなのはいいが、とくにアルコールに弱いというわけでもないのに、酒に呑まれてすっかり記憶をなくしてしまったりする。こういう人は、普段も酒以外のなにかに酔っていることが多い。」
 まさに、自分のことを言われているなという気がした。人間はなにかに酔って生きざるを得ない面があるという。「女に酔う、金に酔う、仕事に酔う、趣味に酔う。酔いにつながるのは酒を飲むことだけではない。「酔う」というのは、自分のことがわからなくなったり、自分の存在さえも消えてしまうほどの状況になることだ。いわゆる”自分を見失う”という状態は、多かれ少なかれ、誰の身にもあることではないだろうか。常に“自分”や“時間”を意識しているわけではない。」
 「頑張っている人ほど酔っている人が多いのも事実だ。そして、その誰もが、自分が酔っていることに気がついていない。しかも、往々にして酔っ払っている状態を「偉い」と思っているから始末が悪い。」・・・まさに、自分のことだ。”酔っ払う”という状態がはっきり言って好きである。勿論、酒で酔うのは好きであるが、その外の日常的な活動で酔うのも好きである。何かに夢中で、熱くありたいというのが、子供時代から常にあった。
 家に帰ると、いつも酔っ払っている俺に、妻がある時、きついことを言った。「私の知っている貴方は、殆どの時間が”酔っ払っている(=まともな判断ができない)。普通の状態の貴方を知らない。」
 自分の体をいじめるのが好きな性分なのでは、と思っている。すなわち、そういう人を”マゾ”というのであろうか。仕事で体や頭を苛める、酒で肝臓を虐める、ジムで体をいじめる・・・。とことん、疲れて、へとへとになってみるのが、好きなのかもしれない。そういえば、ハードな学生時代の部活の練習も結構好きだったし、長時間勉強するのも決して嫌いではなかった。今も毎日疲れているけど、自分で自分を疲れさせているだけかもしれない。先天的に”マゾ”なのである。そんな”マゾ”な自分を肯定してしまったら、さぞ始末が悪かろう。
(*)ユーミン高中正義の「ノーウェジアン・ウッド」や亡くなられた加藤和彦「ハニーパイ」や忌野清志郎「ドント・レット・ミー・ダウン」等、14曲。1989年録音 東芝EMIタイトル「抱きしめたい」