神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

なぜ太宰治なのか

macky-jun2009-06-19

   今年は太宰治の生誕100年、そして6/19は桜桃忌、彼の熱烈なファンであり、愛人でもあった山崎富栄と共に玉川上水に入水自殺をし、遺体が発見された日である。入水後、数日経っていたが、二人は抱き合って、一緒に発見されたようだ。
 毎年、桜桃忌には彼の眠る三鷹禅林寺に多数の人が訪れるらしいが、今年はとりわけ多かったようだ。新聞報道を見ている程度であるが、三鷹や出身地の津軽では銅像をあらためて造ったり、数多くの催しが行われた。桜桃忌当日は俳優の豊川悦司が作品の朗読会に出席した。この催しは10年前から続いているようだが、当初から豊川悦司に依頼をしていたようだが、ようやく実現したようだ。ちなみにネットを見ていたら、このチケットが連番2枚で42,000円のオークション価格が付いていた。元値は3,000円×2である。
 その豊川悦司主演のTBSドラマ「太宰治物語」が20日3:00PMから再放送されるようだ。モテ男豊川悦司が同じく昭和のモテ男太宰治を演じるのは合っているような気がする。観たことはないので、HDDに撮ってあとで観てみたい。
 さて、これだけの騒ぎであり、向かいの墓に眠る、森鴎外先生は、さぞや迷惑されていることだろう。尊敬する鴎外の傍に眠りたいというのは、太宰の遺言だったらしい。なぜここまで太宰治は人気があるのだろうか。太宰の小説は学生時代に読んだきりで、その後は暗い小説や後ろ向きな世界には浸っていられないと思っていたから、縁は無かった。しかし、最近の騒がれぶりから、先日、実家に行った際に、自分の書棚から「人間失格」を持ってきた。読んでいて、気がついたことがある。太宰の作品は二人称の話体で、直接、読者に呼びかける。自分だけの秘密を直接明かしてくれるような錯覚に陥る。魂に呼びかけるのだ。しかも、自分の弱さをさらけ出すので、読者は親近感を太宰に感じるのではないだろうか。
 太宰治は1909年青森県津軽の大地主の家庭に生まれる。父は貴族院議員でもあり、名門の実家であったが、彼は勘当され、左翼活動に参加するが怖くなり、離脱し、麻薬中毒になり、5回も自殺を謀り、内3回が心中である。おまけに最初の心中では、女性のみ死なせてしまい、これが後々まで彼を苦しませることになる。途中も、麻薬と精神的な病から、入院を繰り返す。どうしようもない、情けない、生き地獄のような人生である。晩年も結核の症状で、家族や愛人との関係で疲れ、体も精神もボロボロであった。
 最後の作品となった「人間失格」を読むとわかるが、文章はかなりめちゃめちゃだ。おそらく校正をする余裕も、体力も最早無かったのではないかと思われる。しかし、その荒れた文章が、ある人の手記という形をとったこの作品を、自身の実話とも読み取れ、迫力のあるものにしているのだ。三島由紀夫のような、華麗で、完璧な文章でないことが、いっそう太宰を太宰たらしめているように思われる。
 太宰は「人間失格」の完成の1ヶ月後に、玉川上水に飛び込んでしまう。昭和23年(1948年)だった。この上水のすぐ脇に住んでいる祖母の家に、子供の頃、よく遊びに行った。昭和40年前後であり、その頃の上水は水嵩も多く、ゴーゴーと流れも速く、恐ろしかった。昔、ここで有名な小説家が身を投げて、亡くなったと聞かされ、とても怖い思いをしたのも、懐かしい思い出だ。