神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

51歳の誕生日に思うこと

macky-jun2009-05-31

また一つ歳を重ねてしまった。今日、51歳となった。去年のような家族からの手荒いお祝いは無かった。みんなそれぞれのことで忙しいようだ。
 先日、読了した浅田次郎の「憑神」は幾つかの点からとても面白かった。またこの作家を好きになったようだ。江戸時代の御家人の生活ぶりがよくわかった。特に、幕末となり生活が困窮していく様、時代が変わっていく兆候の現れ方がうまく描写されていた。貧乏神、厄病神、死神というのが本当にいるのかもしれないとも思えてきた。
 巻末の解説で、茨城大学の磯田助教授がこのように書いている。「この作品は、このように思わぬ損を被るとか、逆に、望外の立身出世をするとか、意外の金が転がり込むとか、そういうつまらぬことを、運不運のモノサシとして暮らすことの愚かさを我々に語っているように思われる。」「そういう小さな損得に、一喜一憂し、神頼みしているかぎり、人は本当に幸せな心の境地に達することなどできない」
 「現代を生きる我々も、江戸時代の御徒士も、限られた命の、か弱い生活者である。だから、日々暮らしていくには、つらいこともあるし、損得にもこだわる。しかし、あるとき、ふと気づいて、もっとひろい気持ちで物事を考えてみると、案外、悩みであったものは、それほどの悩みではなく、その人の心の持ち方次第で、幸福にも不幸にもなるのではないか」この小説はそういうことを語りかけているのではないか、と結んでいる。
 51年という半世紀以上も生きてきて、ようやくわかってきたことが幾つかある。歳をとる良さというのは、実体験で真理がわかっていく、ということかなと思っている。また、読書という疑似体験をすることで、知れることが多々あることだ。「幸福というのは心の持ち方次第である」というのは、ここ数年苦しい思いをして、ようやく辿り着いた真理の一つです。そう考えれば、日常の至る所に「幸福」は転がっているようです。