神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

宮崎駿さんのことなど

macky-jun2008-11-24

 楽しかった3連休も今日でお終いである。今日は午後から冷たい雨が降っていた。初日、2日目と活発に動いたので、今日は一日部屋にこもっていた。ブログを書いたり、過去の記事をブラッシュアップしたり、他人のブログを読んだり、HDDに録画したものを観たり、本を読んだり、いずれにしろずっと机に向い、PCやテレビと睨めっこしていた。以外にこうしたオタクっぽい生活も好きなことに気がついた。やりたいことはいっぱいあって、あっという間に時間が経ってしまった。暇つぶしということもないし、昼寝もしたいと思わなくなった。3日休むと、もっと休みたくなる。この分だと、定年退職する日を迎えても、時間を持て余すことはなさそうである。
 午後、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」の再放送で宮崎駿監督の特集をやっていた。ジブリ作品の原作者で当てまくっている、時代の顔67歳である。長編作品10作品は全部ヒットしており、最新作「崖の上のポニョ」も話題になっている。この作品の制作過程にも入りこんで、300日の密着取材をしている。順風満帆に見える宮崎駿氏の生い立ちを辿ってくると、体が弱く、運動が苦手で、お兄さんからは心配されていたような少年時代だった。いずれ、漫画・絵の才能を開花させるが、『となりのトトロ』『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』などの原型となるオリジナル企画を構想して持ち込むが、相手にされず、長く不遇の時期を過ごしたこともあった。84年(43歳)に『風の谷のナウシカ』をヒットさせ、世に認知されて、スタジオジブリを設立・独立してからは順調にヒット作を連発してきた。『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』で国民的映像作家の地位を確立した。
 人を楽しませることのできる作品を創ることで、自分の生まれてきた意味を確認したいという意識が強いのと、母美子に対する深い愛情(マザコンとも呼べるような)から作品の随所に母をモデルにしたいろいろな年代の女性が出てくる。男はマザコンであることが多いけど、なぜ父親のことについてはまったく触れないのだろうと不思議でならなかった。かくも父親というものは哀しい存在である。
 これまでアニメにはあまり関心を持ってこなかった。子供達が観ている傍らで、宮崎作品もいくつかは当然ながら観てきた。但し、映画館に行くほどの熱も入れなかったし、DVDを借りるほどでもなかった。宮崎駿の作品や主人公に対する情熱を知り、作品には歴史や伝承物語や思想も盛り込まれており、深い世界のようでもあり、今度はもう少し真剣に観てみようと思うのだった。