神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

大原悦子 「フードバンクという挑戦」

macky-jun2008-11-19

   貧困と飽食のあいだの現代社会の矛盾への挑戦たる活動「フードバンク」。「食」という身近な問題をテーマにしており、誰しも分かり易い問題ではあるが、その活動、そういった組織であるNPOがあることさえ知られていない。そこに切り込んでいったジャーナリスト(元朝日新聞記者)大原悦子さんの最新作「フードバンクという挑戦ー貧困と飽食のあいだで」(2008/7/18初版:岩波書店)である。
 近年、食品偽装表示問題、中国産餃子問題、メラニン混入問題・・・等、食品に関わる事件が頻発した。生産地中国から、日本の大手食品メーカー、高級老舗料亭まで含め、食に関わる多くの企業が問題となった。この影響で、食品会社が過敏に働き、廃棄食材が増えているという。大量消費・大量廃棄はなにも日本に限ったことではなく、本家アメリカはもとより、多くの先進国で食品の3〜4割が捨てられているらしい。その中でも特に日本の基準は厳しく、梱包の箱が少しヨレっとなっているだけで、即、返品になる。
 2007年に、不二家が消費期限切れの原材料を使って、問題となり、期限表示に対する消費者の関心も高まったが、そもそも食品の期限とは何であろうか?消費期限、賞味期限が食品衛生法JAS法で表示が義務づけられ、消費期限は傷みやすい食品(弁当、生菓子、食肉等)につけられ、賞味期限は比較的劣化しにくい食品(缶詰、スナック菓子、カップ麺等)に表示される。いずれも相当安全性を見込み、長めにつけられるのが一般的である。それも必ずしも科学的につけられるわけではなく、業界横並びとか長年の経験でつくというから驚きである。それよりも短い販売期限という小売店の基準があり、それを超えると廃棄対象食品となってしまう。この「もったいない」を解決すべく、食べ物を無駄にせず、困っている人に届ける活動をしているのが「フードバンク」である。
 大量廃棄される食品がある一方で、食にありつけず餓死する人がこの日本にもいることを、どれだけの人が知っていようか。「おにぎりを食べたい」日記にそう書き残し、北九州の自宅で一人暮らしの男性が死んでいったのは2007年のことだ。調べてみると、日本では毎年50〜100人近い人が餓死していることがわかる。実態はさらに多いようだ。
 大原さんは2006年春にたまたま手にした雑誌で、日本の「フードバンク」活動を行なう2HJの存在を知り、ボランティア活動を始める。そして、この活動をより多くの人に知って欲しいと思い、本来のジャーナリストの視点で1年以上かけて、丹念に取材し、この本を世に出したのだった。第1章「なぜ、いまフードバンクか」という問題提起に始まり、アメリカでのこの活動の起源を追った第2章「フードバンクの誕生」、そして第3章「フードバンク、日本上陸」、第4章「日本に根づくか、フードバンク」と日本での活動にフォーカスされていく。とても彼女らしい、ロジカルな展開で進み、読者は頭がすっきり整理され、一気に読ませる面白さを持っている書である。
 また、この書は人の生き方の物語でもある。登場する2HJの創業者であるチャールズ・E・マクジルトンさんや食品会社の営業マンから転身した配島一匡さんの「熱い」生き方に打たれる。チャールズさんは貧しい子沢山な家庭に生まれ、必ずしも幸福な幼少期を過ごせなかったが、来日し、山谷に住み、大学院で学びながらホームレス体験もして、宣教師活動も行ないながら、「フードバンク」活動に出会い、自分の生きる場所を見つけていく。配島さんは元々築地のマグロ仲買人の家庭に生まれ、その後も飲食店のアルバイト、食品商社の営業マン、九州での農業体験を経て、食というものに強いこだわりを持って、この活動に入っていく。「フードバンク」活動を通して、それぞれの人の生き方が語られていく処に、この本の面白さはあるのだと思う。小生のビジネス体験でも、事業は基本的に「ひと」である。特にアーリーステージ企業であれば、尚更「ひと」の占める割合は高くなる。「ひと」が頭や心で、考えたことが、ビジネスで体現されていく。それが本物であれば、世の中で受け入れられていく。
 この本の中には時々どきりとさせられる言葉が盛り込まれている。例えば、P.25の”どれだけの人が貧困で、そのうちどれだけの人が食べ物に困っているのか、国による正確な統計が日本にはない。日本では長く貧困が「なかった」ことにされ、最近では「格差」などという言葉でごまかされてきた感がある。”P.123の”私たちの社会は「どれだけ利益をあげるか」で仕事を、人を評価しがちなのではないだろうか。「どれだけ人を助けているか」はカウントされず、非営利の仕事を一段低く見てしまう傾向がありはしないだろうか。”この本は社会学的な警句の書でもある。
 この本で、日頃疑問に思いながら、知らなかったことを随分と教えて頂いた。知らないことを丁寧に教えてくれる書で、社会的に何らかの影響力を持つことのできる書は、”良書”であると思う。この書の著者である大原悦子さんが、小生の高校の同級生であることを誇りに思う。ちなみに大原さんはこの書とはまたテイストの違う、楽しいイタリア本「ローマの平日 イタリアの休日」http://d.hatena.ne.jp/macky-jun/20080920、も書かれています。