神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

「生きてるだけでなぜ悪い?」

macky-jun2008-06-17

  新聞を読んでいて、ある本の広告に目がとまりました。その書のサブタイトルが「哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋」とあり、タイトルが「生きてるだけでなぜ悪い?」(中島義道×香山リカ対談集)という凄い居直ったネーミングでぶっとぶ。更に「人生なんて偶然の産物。だからあなたが成功する失敗する理由もないのです」と続く。
 なるほど、人生をそう定義してしまえば楽なものだ。偶然の産物。偶々生まれてきた訳だから、そんなに真剣に考え、悩む必要もないわけだ。日々たんたんと生きていく中で、成功したと喜ぶこともあれば、失敗したと悲しむこともある。だけど、たまたま成功したり、失敗したりするのだから、一喜一憂するのは実に馬鹿らしい。いいことも悪いことも、自然にやってくると虚心坦懐に受けとめるべきだ。
 更に添え書きとして、「虚栄心と自己愛と弱さに何重にもくるまれて、他人・仕事・結婚などを恐れて生きている人たちに贈る<正真正銘の栄養剤>」とある。苦しくなるのは自分自身の内側に理由があり、それが虚栄心と自己愛と弱さであるというわけだ。人間は自分が一番可愛くて、つい自分をありたい自分の姿に飾ってしまう。そうした鎧を着ていないと、怖くて生きられないという弱さを持った生き物でもある。そうした自分が他人・仕事・結婚のからみで悩み、苦しむということであろう。
 ふと、中学の野球部同期のN君を思い出したが、彼はそうしたことが全くない人のように感じる。虚栄心と自己愛と弱さに何重にもくるまれている凡人の俺からすれば、彼はまったく不思議な人だった。彼とは小中高が一緒で、おまけに中高ではクラブ活動も、高2・3のクラスまで一緒だった。おまけのおまけに予備校まで一緒だった。彼は理系の名門私大に行き、某大手製造業に勤務し、現在は熊本県水俣の工場に勤務している。
 およそ、慾とは無縁の人で、彼からそのような発言を聞いたことが無かった。何をしたいとか、誰を好きだとか、そんなことはまったく言わなかった。真にもって不思議だった。彼は「ものぐさ」だとか皆からは思われていた。物事への拘り、執着のようなものは感じられなかった。何を楽しみに生きているのだろうか?と彼に対して思ったこともあった。だけど、常にやることはちゃんとやっており、中学では野球部を続けたし、高校でも俺が途中で辞めてしまった剣道部を最後まで続けた。成績もコンスタントにいい成績を維持していた。中間期末前になると俺はN君を自宅に拉致して、理数系科目を教えて貰っていたほどだ。その後、彼らしく地味だけど固めな会社を選び、女性には全く関心が無いように見えていたにもかかわらず、適令で、素敵な女性と結婚し、子供も彼そっくりなお子さんを3人もつくり、大変幸せな家庭を築いている。
 この本を読んだわけではないが、彼は極めて若くして「幸せの処方箋」を心得ていた仙人のような人だったのではないかと思えてきた次第である。彼がだんだん神々しく見えてきたのである。いや、楽に生きる方法のコツがわかっていた大人だったということかもしれない。
 最後に、本書の内容として書いてあるのは「結婚なんかしなくていい!就職なんてしなくていい!金持ちなんかにならなくていい!常識なんかなくてもいい!生きがいなんかなくてもいい!人間関係に悩まなくていい!」とある。確かにこの位、世俗の欲を捨ててみると、生きるのはすごく楽になるような気もする。遠く熊本にいるN君はこう思って日々生きているのだろうか?