神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

東京の面白さ

macky-jun2008-04-08

  写真家の篠山紀信さんが朝日新聞の「追憶の風景」という記事で「東京の下町の細い路地や裏町の写真を載せて、「まだこんな生活が残ってる」とかを、しょっちゅうやってる雑誌あるでしょ。大嫌いですよ。」さらに「何もない焼け野原が復興し、さらにあのバブル期に変なものがニョキニョキ建ってくるころの面白さは一番だったね。」と語ってる。
 確かにノスタルジックには東京の昔の姿は懐かしい。人それぞれの思いがその風景には残っている。しかし、大した都市計画もないままできた東京の街は、建物も大半が木造か鉄筋の粗末な建物で、道路も狭く、保存すべき建物はほんのわずか例外的な物件しかなかった。敗戦で焼け野原となり、東京オリンピック・高度成長でバンバンと街が変わり、更にバブル期を経て、ガラッと変わり、今また東京の再開発は留まることなく進んでいる。世界的には類を見ない街なのだと思う。パリでは200年前の景色がそのまま残っている。写真を同じポイントで撮ると、建物はそのまま残っており、街の基本的風景は変わっていない。東京において、そういう光景はほとんど皆無である。
 東京は常に破壊と開発を繰り返してきた都市だ。都市の変貌というパワーは外国の他の都市には見出しにくいものかもしれない。東京の良さは混沌として、常に何かが変わっていくという変貌への驚きなのかもしれない。
 子供の頃は東京の街は洗練されてなくて、安っぽい、ダサいイメージで、西洋の街に対してコンプレックスを持ったものだった。ずっと、西洋に対して憧れをもって生きてきた。いざ、海外に住んでみると、僕の場合は統合前の西ドイツであったが、確かに街並みは綺麗で、大人の社会で仕組みもしっかりできていると感心した。しかし、東京にいるような興奮、猥雑な楽しみ、混沌とした面白さがなく、えらく退屈な気がした。健康的な人間として正しい過ごし方のできる街なのだと思ったけど、満足は出来なかった。しかし、この東京は常に何かが動いている、変わっているエキサイティングな街である。決して、知的な街ではない。だけど、5年先、10年先もたぶん変貌を続けるだろう、この東京にはワクワクするような面白さがある。
 都市としてのグランドデザインがあやふやだった東京は、まだ発展途上なんだと思う。ちぐはぐにいろいろな部分をつなぎ合わせている状態だ。江戸の名残りを歴史的に残していくのは必要なんだと思う。だけど、そこに生きる人々の暮らしが第一であって、都心部の高層マンション化を嘆く人がいるが、都心部に庭付きの戸建で住もうというのは贅沢な話である。どうしても戸建に拘るのであれば、郊外に出ていくしかない。ドイツでは中心部から30分以上離れた郊外の戸建に金持ちが住んでいた。中心部には集合住宅しかなかった。この狭い東京を有効活用しようと思えば、みんなで狭い土地を分け合って住むのはしょうがないことと思うのである。
 首都圏に1,200万人の人が住み、劣悪な通勤事情を余儀なくされている。職住近接がライフスタイルとして理想と考えており、それが可能となるような街づくりはそう簡単に出来るものではないかもしれないけど、追いかけるべき姿であると思う。 
 紀信さんといえば、奥様をずっと好きでした。と書くと意味深だけど、奥様というのは元歌手の南沙織さんです。何しろ、わが娘SAOに沙織と名づけてしまったほどです。数年前に歌手再デビューをされた筈だけど、どうしたのかな。