神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

五木寛之「林住期」を読んで

macky-jun2008-01-27

 小生は予てから50代が人生の一番楽しい時期だろうと考えてきて、その為に40代はある。だから、楽しかろう50代を送るための準備をしてこようという気持ちで40代をずっと懸命に生きてきた。実は30代もより充実した40代を送るためにだったし、20代も30代を想定して生きてきたような気がする。だけど、人生の上で一番充実して楽しい時期が50代なんだ、ということが誰彼ともなく、いつの間にか刷り込まれていて、此の方、先を想い、楽しみに生きてきた。いよいよその時期がやってくる。
 そう思ってきた小生に、まさにそれを肯定するようなことを書いている本があるということが風の便りに聞こえてきた。同氏の著作は高校生の頃、「青春の門」全篇を夢中になり読んだことがある。が、以降あんまり縁はなかった。近年はこうしたシニアの生き方に関する書を中心に、75歳にして執筆活動は益々盛んなようである。
 古代インドで「四住期」という考え方があり、人生を4つの時期に区切って、それぞれの生き方を示唆する興味深い思想がある。「学生期(がくしょうき)」「家住期(かじゅうき)」「林住期(りんじゅうき)」「遊行期(ゆぎょうき)」という4つである。人生の後半「林住期」は50歳から75歳までに当たり、一般には自分の限界が見え、体力も衰え、若者からは旧世代扱いされ、家庭でも組織でも必ずしも居心地が良くない世代と捉えられる。しかし、五木はこの「林住期」を人生のクライマックス、黄金期と考えている。これまでは青少年時代の「学生期」と、就職し、結婚し、家庭を作り、子供を育てる「家住期」の前半生が人生の黄金期と考えられてきた。
 生きることが目的で、働くことが手段であるはずなのに、いつの間にか逆の生き方をしている。それを50歳で一区切りつけてもいいのではないか。身の回りのモノを捨てることからスタートすべきで、人脈、地脈を徐々に簡素化し、孤独になるべきだという。生まれてくるのも一人なら、死んで行くのも一人だ。誰かと仲良く死んで行くことはできない。
 今まで仕事や生活にかまけて考えてこなかった、”生まれてきたからには本当にやりたかったこと”を始めるのが「林住期」の50代だという。これまでに蓄積してきた体力、気力、経験、キャリア、能力、センスなどの豊かな財産のすべてを土台にしてジャンプする時である、とエールを送ってくれる。
 また、五木の人生体験から「世の中は思うようにはならない」ということが随所に語られる。
 小生も日々飲んだくれて、いい加減な人生を送っているようだけど、”本当にやりたかったこと”を考えることが多くなってきた。今年、50歳を迎え、まさに「林住期」入りするわけだけど、楽しみの時期を迎えるに当たっての道具立て、準備は少しずつだけど整いつつある。だけど、五木の言うようにつくづく世の中は思うようにはならない。それだから、求めず、淡々と楽しみながら、一歩一歩歩んでいくしかない。