神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

「おくりびと」を観て

macky-jun2011-03-13

  今回の東日本大地震がまたまたM8.8からM9.0に上方修正された。嬉しくない上方修正である。ちなみにこれまでの最高が1960年のチリ大地震のM9.5であり、近年では2004年のスマトラ島沖地震のM9.1であり、世界観測史上第4位の大きさだったようだ。国内では、1995年阪神淡路大震災がM7.3で、1923年関東大震災がM7.9であった。マグニチュード(magnitude)とは、地震が発するエネルギーの大きさを表した指標値で、米国の地質学者チャールズ・レクターが考案した。地震エネルギーの対数と線形関係にあり、M1上がると31.62倍、M2上がると1000倍のエネルギー量になるようだ。ともかく今回の大地震は凄いスケールであったことは間違いない。
 テレビをつけても地震福島原発の報道ばかりであり、気分が滅入るので、HDDに撮ってあった映画「おくりびと」を観た。この1月に青木新門氏の「納棺夫日記」を読んだばかりであった。http://d.hatena.ne.jp/macky-jun/20110111/1294755788この本が元になって、この映画「おくりびと」が作られたので、一度観たいと思っていた。消去してしまったとばっかり思っていたが、残っていることを発見したのだ。
 ストーリーはかなり違うが、ベースの考え方は一緒だ。楽団でチェロを弾いていた小林大悟本木雅弘)が楽団の突然の解散で職を失い、故郷の山形に帰る。そこで勘違いから得た職業が納棺師という珍しい仕事だった。妻からは「穢らわしい」と言われ、家を出て行かれる。友人からも「もっとまともな職につけ」などと言われてしまう。大悟はこの職を続けるか苦悩するが、次第に納棺師という仕事の浄らかさに気がついていく。現場でいろいろな死の場面に直面し、この仕事の重さに気がついたからだろう。最後には妻や友人も大悟の仕事ぶりを見て、納得するという話だ。エンディングに家を捨てて生き別れになっていた、顔さえ覚えていない父親の納棺を自ら行なうところで終わる。
 カッコいいモッくんがやる納棺師は決まり過ぎているように思うが、浄らかである。所々で大悟がチェロを弾くシーンをアクセントにしており、この映画を爽やかなものにしている。おそらく原作者の青木新門氏が否定したように、映画は原作とは別物と考えた方がいいのだろう。しかしながら、死という誰もが必ず通る門を美しく清らかにお送りする役割としての、職業の尊さを表現している点は両者に共通している。
 今回の大惨事で多くの人命が一気に失われてしまった。行方不明者はいまだ数万人もいるという。その多くは津波に呑みこまれ、泥の中に埋まっている。ゆっくりと見送って貰うことも出来ずに、あっという間に失われてしまった命。あの日の午前中までは普通どおりの生活を送っていただろうに。生者と死者を分けることになったものは何だったのだろう。生と死というもののあまりにも脆い現実に、ただ打ちのめされるだけである。無力感を感じつつ、ただただ亡くなられた方々の冥福を祈るのみである。