神楽坂のキャリアコンサルタント

永らく「神楽坂のキャピタリスト」のタイトルで発信をして参りましたが、この度タイトル名の変更を致しました。

A Hard Days Night

macky-jun2010-01-10

この連休はというか、ここ2日間、実は大変な日々だったのだ。1/9親父が倒れて、救急車で三鷹にあるK大病院に運ばれた。脳内出血という診断でICUに入れられている。一昨日の夜、妹が泣きそうな声で電話してきた。その日、家族は留守であり、私自身はずっと家にはいたのだが、たまたま風呂に入っていたり、図書館に出かけたりして、電話が入っていたものの出ることができないでいた。医師から呼び出され、妹はさっそく駆けつけたのだが、そこでかなり嚇されたのだった。例えば、「今夜が峠であるとか、出血場所が手術の出来ない難しい部位であるのでこの先、こういうリスクがある。」とか、かなり怖いことを言われ、妹はこの晩、眠れなかったらしい。
 翌日、付き添った母と電話で話したが、「普通に会話を出来たから大丈夫」とあっけらかんとしていた。妻と二人で病院に駆けつける。ICUなので無菌状態の格好(帽子・マスク・上っ張り)をさせられ、重病もしくは急患の患者ばかり横たわる中を恐る恐る進む。一番奥のベッドに父が寝そべっていた。点滴や幾つもの管が体に繫がれていた。眼を覚ますと、落ち着いて正常に会話ができた。状況の説明をしっかりとしてくれたので安心した。79歳になる父は耳が遠いのだが、いつもよりも何故かしっかり聞こえているかのようだった。
 会社OBの地域支部朝食会に出ていた、親父はそこで急に具合が悪くなり、幸いにも仲間の人が救急車を呼んでくれ、病院に担ぎ込まれたのだった。誰もいない所であったらと思うと大変であった。この日、CTスキャンをして、前日との変動が無かったので先ずは安心したのだった。しかし、1〜2週間、ICUでの精密検査が必要となり、その後、一般病棟に移され、暫く入院生活が必要となりそうだ。
 この日、合流した母と妹夫婦と暫く、近くの妹の家で会話をする。話をしていて、新たな不安が大きく過ぎってきたのだった。たぶん、父はこのまま再出血がなければ、血圧等を薬で管理していけば、先ずは大変な事態からは脱け出せそうである。問題は母である。今回、いろいろな会話のやり取りをしていて、どうもボケがかなり進行しているのに気がついた。元々、ボケの入った楽天的なおおらかな性格である。しかし、最近はどうやらこのボケが本物になりつつあり、大ボケになってしまった。軽度の認知症なのであろう。親も80歳近くなれば、あれこれと衰えるのはわかるが、若い時の威厳のあった親を知っている子としては、とても哀しいものがある。
 写真は先日親父が送ってきた自宅の庭に咲く椿です。近年、植物に関心が深いようです。